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今や桜の名所として加古川を代表する所となった日岡山公園。かつてそこにあった懐かしい建物のカラー写真を紹介します。

聖徳閣

(旧日岡山展望台)
昭和11〜43年

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かこがわ1966 観光絵はがき
加古川史学会 岡田功氏の所蔵より

日岡山展望台の前身であるこの建物は、多木化学株式会社創始者の多木久米次郎氏により建設されました。

昭和10年(1935)10月に起工し、翌年7月完成した鉄筋コンクリート製の入母屋瓦葺の和風展望台で、周囲に高欄をめぐらせ、破風は総銅版張りで南側のそれには大きな多木製肥所の紋章(神代鍬)が輝いていました。

大阪城の天守閣が鉄筋コンクリートで再建されたのが昭和9年なので、意識するものがあったのかもしれません。

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「肥料王」多木久米次郎氏は日本で初めて人造肥料製造を手掛けた大実業家で、衆議院議員を長く努め、褒章叙勲に輝き、最後は貴族院議員までなった「富と名声」を獲得した人物です。

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多木浜洋館(通称あかがね御殿、同比閣)

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正面玄関上にあるロゴマーク「神代鍬」

そんな氏が有名な「あかがね御殿」に続き、建設したのがこの聖徳閣ですが、完成した早々、隣接した土地に陸軍の航空補給廠(爆弾工場)の建設が始まりました(現在の加古川刑務所)。ほぼ同時期に水足に高射砲第三聯隊(現在のハリマ化成やショッピングセンター)も建設が進み、加古川駅からの引き込み線(神野側線=廃線)と合わせて、軍事機密だらけの場所になり、利用できなくなってしまいました。御陵を見下ろすとお咎めを受け、入れなくなったと言われていますが、実際は機密保持の為の入場規制であったと思われます。

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岡の頂上まで遮る樹木がありません

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北側の入り口。柱に聖徳閣と彫られています。
登り口は常楽寺の東側に階段が作られていました。

ところで聖徳閣の聖徳とは聖徳太子からの由来と思いますが、以前、別府や尾上の年配の方とお話した時、鶴林寺「太子会」の賑わいを力説しておられました。浜手の方々がわが郷土を思うとき、鶴林寺の太子信仰は欠かせないものであり、もちろん多木家の方々も強い思いがあったと推測します。

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新野辺村に伝わる江戸時代の鶴林寺を描いた絵図。
新薬師堂が三重塔のすぐ横にあり、今はない回廊や太子堂の庫裏が描かれています。

元々日岡山は岩盤がむき出しの部分が多く、低木しか根を張れないので、田畑の肥料となる「草」の育成地として江戸時代からの歴史(日向明神禁足地)があったようです。明治時代には草原を利用した草競馬興行も行われと聞きます。山ツツジが多く自生し、古くからレジャーの場所であったようで、加古川市の市花がツツジになったのもこれが由縁と思われます。また江戸時代に姫路藩の鷹匠たちが何度も加古川宿に滞在している記録があり、鷹狩もしくはその訓練がここで行われていたかもしれません。

戦中は日岡山の東麓は爆弾工場への空爆被害を避けるため、いたるところに爆弾用の防空壕が作られました。古い写真を見ても、不要な引火を避けるため伐採されたのか日岡御陵の敷地以外はかなりの禿山です。戦中戦後の食糧難から畑として周囲は開墾され、多くの古墳が被害をうけました。今でも公園内に畑の畦の痕跡が結構残っています。

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1947年頃の日岡山、写真右側は閉鎖された爆弾工場


食糧難も回避され、周囲の禿山は人手が入らなくなり木が茂り出しました。昭和25(1950)年6月に加古川市が発足したのを記念し、聖徳閣は多木製肥所より市に寄付され、あたりは日岡山公園として整備されて行きます。当初の植樹は「うめ」、その後「ソメイヨシノ」の並木づくりが始まりました。1966年に作られた観光絵葉書には日岡山公園を全山「つつじ」におおわれた美しい公園と紹介しています。このころは自生のツツジが緑のメイン。しかし今は茂りすぎた自生樹木がツツジを埋没させています。

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1961年頃の日岡山、自生と植樹が進みつつあります。
桜並木は出来立てでした。

聖徳閣を利用した年配の方が語るには眺望の良さのみならず、夏場の避暑の思い出を絶賛されています。

日岡山公園がスポーツやレジャーを楽しむ公園として発展していく中、兵庫県や神戸市などが設立した「野外活動協会=OAA」がその活動拠点として日岡山公園に誘致されました。聖徳閣は完成から約30年後に取り壊され、昭和43年(1968)OAAはりまハイツの大ホールが立てられ、その屋上が日岡山展望台として後継しています。

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現在の姿
聖徳閣の柱.png
奥に見える石積風の柱は聖徳閣の頃からの物です。

ハイツが出来た時はこちらが本館という位置づけで、聖徳閣市民ホールと名付けられていました。三笠宮殿下をお招きしての祝典があり、プールもあって立派な施設でした。聖徳閣は32年、はりまハイツは50年の歴史になります。

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地元のお客様とは直接お会いしてお話を聞く。ネット通販的な営業スタイルをできるだけ良しとせず、face to faceでone to oneなアプローチを大切にします。


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天空の城

日本全国には史跡として登録されているお城は6万あるといわれています。お城のシンボルというべき天守を今に残すのは12箇所ですが、高取城のように石垣だけが残っているけれど、魅力溢れるお城もたくさんあります。

日本100名城
続100名城

でご確認下さい。

竹田城を発端にした「天空の城」がブームになり、全国各地でいろんな町が名乗りをあげています。「天空の城」の定義は むずかしいですが、ここでは「山の上にある風情あふれるお城」ということでご紹介します。

※写真をクリックすれば写真提供元であるウェブサイトにリンクします。

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竹田城

(兵庫県朝来市和田山町)

雲海に浮かぶ絶景が有名。
豊臣政権が造営したと思われる。
関ヶ原の戦いの後に廃棄された。


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洲本城

(兵庫県洲本市)

天守台にある望楼は昭和3年に昭和天皇の即位を記念して作られたコンクリート製。
史実とは関係ない展望台だが、もはや完全な歴史的建造物に。

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利神城
(兵庫県佐用郡佐用町)

雲突城と呼ばれた池田氏姫路城の支えの城。
完成直後に廃棄された幻のお城。

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岩村城

(岐阜県恵那市)

標高700mを超える山城。女城主おつやの方の悲劇のお城として有名。
森忠政(鬼武蔵長可や蘭丸たちの末弟)の家老、各務元正が現在の姿に整備した。

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津和野城

(島根県津和野市)

現在の姿は千姫事件で有名な坂崎直盛によるもの。
津和野盆地が雲で覆われる時、見事な天空の城となる。

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松山(備中)城

(岡山県備中高梁市)

国重要文化財の現存天守をもつ。
戦国の古城の雰囲気にあふれているが、徳川綱吉の頃、水谷勝宗により整備されたもの。

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大野(越前)城

(福井県大野市)

風流人としても有名な武将、金森長近が築城。
昭和43年にコンクリート製の復興天守が作られた。

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八幡(郡上)城

(岐阜県郡上市)

豊臣時代末期に稲葉貞通が整備し、その後、遠藤盛数が完成させた。
昭和8年に木造の模擬天守が作られている。

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赤木城

(三重県熊野市紀和町)

高取城とおなじ、豊臣秀長の命により、藤堂高虎が築城した。

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苗木城

(岐阜県中津川市)

関ヶ原の戦いで旧領主だった遠山友政が奪還に成功、わずか1万石だが思いの丈でつくりあげたお城